人は生まれながらに価値があるということ 無価値観への一石を投じる


人はみんな生きているだけで価値があります。

大人になるとついつい何か仕事をしていないと…
何もできないから、何もやってないから、
何も生み出せない、何も出来ないから、
何も特筆することをやって無い、何も守ってない
友人もいない…などと、社会意識に押しつぶされそうな
悲鳴が聞こえてきます。

ちょっと考えてみてください、
赤ちゃんは社会的にサービスや価値や
得意なことで人に役立てて
価値を提供して生きていますか?

また、上記を出来ない赤ちゃんを
価値が無いから生きてる意味は無いと思いますか?

確かに生きてるだけでかわいいという価値もあります
しかし、大人はひとりでしっかりしないと!
というのが社会意識と皆さんの心情でしょう。

生命は『生まれた』だけでこの世の全てから『祝福』されているのです。

何もできないからと、何も持っていないからと
自己卑下・自己憐憫に浸る必要はありません。
『あなたは何かを持っているから価値があるのではないのです』
『何も持っていなくても生まれながらに価値があるのです』

結構有名なせりふですね

自分の価値は、この資本主義の日本では
社会意識的にはやはり『お金を持っている』
というのが『社会的な認知』ですね。

ただそれは資本主義における社会意識ですので
最後に自分の価値を決めるのは自分なのです。

社会意識に、国の教育にやられた、深掘り思考していないから
『価値』とは何か?自分にとっての価値を定義しないと混乱します。
価値があるかないかなんて、わからない。
でも、『わたしは価値がある人だ』、と『決めるんだ』
私は、『価値がある人』でいる方が好きだから、『価値がある人』として行動するんだ。

まずは
何かしなきゃの『Doing』の状態から
ただ、今ここにいるだけで良しとする
『Being』へとシフトしてみましょう。

ただ海辺で寝そべって一日を終えてみる
風と波を感じるだけ。特に何もしなくても
誰も叱ったりせず、むしろ穏やかな気にさせてくれます。

風や波の音や、鳥のさえずり、夕日などの自然は
優しくあなたを迎えてくれるでしょう (#^^#)ほっ

自分のから溢れてくる物を与える生き方に興味のある方は
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自らの人生における徳を表現する~Aretyrist/アレテリスト~